交流分析「OK牧場」、鬱の克服中に途方に暮れる

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Photo by wilsan u on Unsplash

 

みなさん、こんにちは。

さて、ここ数日、自分で自分がわからなくなってしまった。

このブログも、進む方向を見失い迷子になっている。

 

読んでくださっている方には申し訳なく思っています。

ごめんなさい。

ブログを休もうか迷ったけど、紆余曲折をそのまま書いていきます。


会社に在籍中、毎月、産業医面談を受けていた。
最後に先生にお会いしたのは2020年1月、パニック症で出勤できなくなる前々日だった。

 

いつもオネエの口調で、
「早く心療内科を受診しなさいよぉ」
「もう出勤しなくていいじゃない~、その状態では辛いでしょぉ」

「傷病手当の取り方、教えてあげるわよぉ」

と、親身に支えてくださった。

 

いい先生だったな・・・。

その先生に勧められたのが「交流分析」だった。


交流分析とは、1950年代後半、アメリカの精神分析エリック・バーン氏によって提唱された心理学理論と心理療法

 
たとえば上司に怒られた時、人によって様々な反応がある。
奮起する人、反発する人、落ち込む人・・・

 

この違いが、交流分析のライフポジションだ。

下図の4つの立場がある。

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牧場の羊のように、1日の中でも、色々なポジションへ動き回っている。

どのエリアで長く過ごしているか?

 

①自分はOK、他人もOK

自分も、周囲の人達も、互いに愛し信頼するに値すると捉えてる、理想的な立場

 

②自分はOK、他人はOKじゃない

自分に起きた問題を他人の責任だと捉える、わがままに振る舞う、自己愛が強い

 

③自分はOKじゃない、他人はOK

自分は価値が低いと捉え、他人の要求に従おうとする、対人恐怖症や鬱病になりやすい

 

④自分はOKじゃない、他人もOKじゃない

自分も他人も価値が無く、人生は不毛で絶望に満ちていると捉える

 

 

自分は今まで「③自分はOKじゃない、他人はOK」のエリアにいた。

対人恐怖症や鬱病になりやすい、なるほど、その通り・・・


自宅療養中に、心理学やシャンバラの理論を通して、「①自分はOK、他人もOK」の理想的エリアへ行くことを目指していたはずだった。

 

でも「④自分はOKじゃない、他人もOKじゃない」の不毛エリアに座り込んでしまったようだ。

 

物心ついた時からずっと今まで、

この世界はキラキラしてて、自分以外の人はみんな正しいと思っていた。
自分は劣っていて価値が無いと思っていた。

 

でもなぜか急に、窓から見える景色が、ドブのように見えてきた。

自分の人生を良くすることは、虚しい。


たぶん、私は怒ってる。

何に怒ってるんだろう。

 

今日も、良い1日を。

鬱のカウンセリング、5月は不完全燃焼

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Photo by LinkedIn Sales Navigator on Unsplash

 

みなさん、こんにちは。
さて、うつ克服の途中で、予想外に悪い方向へ転がってしまった。

 

途方に暮れてから今日で4日目。

今までは「自分の人生も、この世界も、良くしていきたい」と思っていたのに、急にすべて不毛だと思うようになった。

絶望的と言ったら大袈裟だけど、それに似た心境。

 

自分に起きている異変について、カウンセリングで相談するつもりだった。

自治体運営のカウンセリング室で、コロナ自粛中も続けてくれていたので、カウンセリングを受けられることは感謝しかない。

 

ただ、今月からカウンセラーが交代になった。
鬱病の経過やら、会社を辞めた年月日・家族構成・成育歴の聞き取りだけで、リミットの40分が終わった。


初対面のカウンセラーだったからなのか、自分とカウンセラーの相性の問題なのか、
「とりあえず、まだしばらく自宅療養なのよね?じゃあ大丈夫ね!」と切り上げられ、何も質問できないままだった。

 

全然、大丈夫じゃない。

不調だと、身体症状も伝えたのに。

このタイミングでカウンセラーを頼れないのは痛い。

 

自分の中に、冷えた赤黒い溶岩のような塊がある。

この塊を取り除きたい。

 

自己分析や、心理学関連の本を読むのは、とても時間がかかる。

自分の心に向き合いたくないので、やたらコーヒーを淹れたり、SNSに逃げるから、ページが進まない。

 

でも時間がかかっても、知りたい。

今日も、良い1日を。

魔方陣で記憶が戻った、シャンバラ理論

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Thanks to free-materials.com

 

みなさん、こんにちは。

さて、今日は絵馬と魔法陣についてメモしたい。

 

魔法陣と言えば、自分はアニメ「鋼の錬金術師」や、水木しげるの「悪魔くん」を思い浮かべる。

 

魔法陣は、地面に五芒星や六芒星を描いて、異界と現世をつなぐ、

漫画、ゲーム、小説などのファンタジー作品でおなじみの図形だ。


シャンバラ理論の中でも、魔法陣がでてくる。

魔法陣で、望む次元(未来)を作っていく。

 

現代科学で証明できない不確定なことが苦手な人は、

アンテナを張るのと同義と考えると良いかもしれない。

 

自分は、魔法陣は絵馬に似てると思っている。

願いごとを、魔方陣や絵馬という形にすることで、アンテナが立つ。

 
たとえば犬を飼い始めた途端、道行く散歩中の犬や、犬のCM、犬の情報、犬のグッズが目に入ってくるようになる。

「こんな近所に動物病院やトリミングサロンがあったんだ」と気がつく。
いつも通ってたコンビニで、ドッグフードを売ってることに気がつく。


たとえばフラダンスを習い始めた途端、ハワイに関する情報が入ってくる。
友達からハワイアン レストランに誘われたり、会社でハワイ土産をもらうような偶然が続いたりする。


悩みごとも、モヤモヤしてるあいだは膠着状態だが、
解決したい課題が明確になると、ヒントや答えが降ってくる。
ドラマのストーリーや、誰かのコメントなど、

思いがけない事柄の中に、答えを見つけたりする。

 
マジカルなことに興味があれば、下記の講座「ELBF-1:結界と魔法陣」が楽しい。

「新ベスのブログ」から引用させていただきたい。

gaia-shamballa.xyz


『魔法陣では結界のようなガードというより望みが叶うためのものです。
つまり望みの次元に移動することを言います。
望みの次元とは、怪我をしたら怪我が治る次元に、

物が無くなったら物が出てくる次元、

そうゆう次元操作の極みの話が出てきます。』


『隠蔽された魔法陣。

本来は地球人すべてが知っているべきもの。
それを知っていたらもしかすると

自殺に追い込まれなくて済んだかもしれないことです。
でもこれを知ったら自殺はしなくてもいいし、
病院に頼らなくてもある程度なら自分で対処できるというような現象を経験するでしょう。』

引用元:「新ベスのブログ」

 

 

魔法陣は7日間、同じ文言で行う。

5/21に「罪悪感の認知の歪みを解消」という文言で魔法陣を行ってみた。

どうして自分が四六時中、意味不明の罪悪感を感じているのか、知りたかった。

 

原因が子供時代にある気がしていたが、殆ど記憶が無かった。

でも魔法陣を行った7日間、この「罪悪感」について気がつく、5つの出来事があった。

 

求めていた答えが、少しづつ判明した。

親が一方的に子供を叱りつける家庭にありがちな、ありふれた経験だ。

 

今、遁世者のような気分になっている。

もう自分の人生を良くしていきたいと思わなくなった。

 

次は、

「趣味を持つと周波数が安定して、いいことが起こるようになる」

というシャンバラ理論をメモするはずだった。

 

趣味を持つのに、罪悪感という伏兵がいたのは予想外だ。

これは未熟な筆者が試行錯誤するブログなので、どこに着地するかわからないが、そのままの状況を書き続けてみる。

 

今日も良い1日を。

ただの日記、火垂るの墓と、心の闇

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Photo by Leon Contreras on Unsplash

 

みなさん、こんにちは。

さて、このブログは鬱克服がテーマで、何かしら希望に繋がる発見をメモして行くつもりだった。

 

でも昨日から、良いことが何も書けなくなった。

自分の人生を良くしたかったが、「良い」が何なのか、わからなくなった。

 

生きることは苦しい。

今日は、映画「火垂るの墓」についてメモしたい。

 

引用元:ウィキペディアWikipedia

映画「火垂るの墓

兵庫県神戸市と西宮市近郊を舞台に、戦火の下、親を亡くした14歳の兄と4歳の妹が終戦前後の混乱の中を必死で生き抜こうとするが、
その思いも叶わずに栄養失調で悲劇的な死を迎えていく姿を描いた物語。

 


映画の中で、死んだ清太と節子は幽霊になる。

死んでは幽霊になり、また時間が戻り、死んでは幽霊になるという、永遠のループに巻き込まれている。


高畑勲監督は、死んだ後も同じ苦しい時間を繰り返すしかない、2人の幽霊を指して
「これを不幸といわずして、なにが不幸かということになる」

「死によって達成されるものはなにもない」

と語っている。


また高畑監督は

反戦映画が戦争を起こさないため、止めるためのものであるなら、あの作品はそうした役には立たないのではないか」
「なぜなら為政者が次の戦争を始める時は“そういう目に遭わないために戦争をするのだ”と言うに決まっているからです」

とも語っている。

 

以前の記事で、「火垂るの墓」について

『人間関係が煩わしくても、社会的な繋がりから離れたら、人は生きていけない』

・・・と書いた。

lavandura.hatenablog.com

 

為政者、庇護者、親。

「社会のためになるから」という口実。

「愛情から、説教しているんだ」という口実。

 

その口実は、自分のためではないか?

弱い立場の人間を、

巧妙に作った、絶対に勝てないゲームに閉じ込め、苛め、

自分を満たしていないか?

 

ブログを書き始め、心理学やシャンバラの知識に照らし合わせながら、自分の心の闇に向き合ってきた。

鬱の克服から再就職まで、人生が良くなっていく過程を書くつもりだった。

 

でも、予想外のことが起きた。

今まで求めていた「愛、信頼、希望」といったものが疎ましくなった。

元から自分が嫌いだったが、この世界も嫌いになった。

 

このままではブログタイトルが「チャッピーのダークサイド」になってしまう。

思ったより闇が深くコントロール不能だ。

 

今日も良い1日を。

ただの日記、尊重されると罪悪感で不安になる

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Photo by Mehdi Sepehri on Unsplash


みなさん、こんにちは。
さて、今まで「周波数を安定させる方法7つ」について、①から順にメモしていた。

 
次は⑥番、「趣味を持ちましょう」だった。

最初は楽観していたが、壁にぶつかった。


心理カウンセラーの大嶋先生も、シャンバラ理論も、

威圧的な人への対策として『趣味を持ちましょう』と言っている。


「趣味の時間は楽しそうだし、それで人間関係が上手く行くなら良いこと尽くめだ」と思っていた。

 

でも、これが難しい。
理由はわからないが、「趣味を楽しむ自分」が罪人のように感じる。
楽しい時間を持ったら、その分、仕事や家のことなど、

何かを頑張らなければ、誰かに非難される気がして、

不安になることに気づいた。


これと似たような気持ちに最近、気がついた。
他人から尊重されると、居心地が悪く、嬉しさよりも不安で一杯になるのだ。

「自分なんかが大切に扱われている所を誰かに見られたら、後で酷い目にあわされる」

「尊重されると困ったことが起こるから、やめてください」と思っている。

 

この意味不明の心理状態は、読書中、主人公に感情移入している時も起きていた。
小説のストーリーの中で、主人公が褒められる場面を読んだ時だ。

現実世界の出来事ではないのに、不安になった。

「自分は人の迷惑にしかならない存在なのに、褒められてしまった。

後できっと誰かに怒られて、騒動になる、どうしよう。」と落ち着かなくなった。

 

読み返しても、我ながら意味不明だと思う。

毎日、何回も、意味不明なまま自分を責めて不安になっている。

子供の頃から、いつも漠然と「どうしよう」という不安があった。

今までは、そのことに気づかなかった。

子供の頃の記憶が殆ど無いので、この感情に関連する出来事も思いだせない。

 

自分の場合は、ここをクリアしなければ、趣味を持つと罪悪感が増す。

どうしたものか。

引き続き解決策を探って、メモしていきたいと思う。

 

今日も、良い1日を。

差別する人とは付き合わない、シャンバラ理論

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Photo by Sebastian Herrmann on Unsplash

 

みなさん、こんにちは。
さて、「周波数を安定させる方法7つ」について以前メモした。
周波数が安定すると、何事も安定していいことが起き続けるというシャンバラ理論だ。

lavandura.hatenablog.com


この7つの方法のうち、
人間性としてレベルの高い人と付き合うこと

・・・についてメモする。

 

人間性の高い人と付き合う」と聞いて、鹿鳴館のような社交場を連想した。

政治家とか、芸能人とか、起業家とか、そんな人たちと交流することだろうか?

自分は、そんな人達とは無縁だ。

 

シャンバラ理論では、どのように定義しているのだろうか?
「新ベスのブログ」より引用させていただきたい。

gaia-shamballa.xyz
『A.

「差別とは差別する側は、差別する側の一番下層の人々によってエスカレートする」

という、アンドロメダの集団心理学の定石のような言葉があります。

つまり、どの民族にもレベルの高い層があり、そんな人たちは差別自体存在を気にせず、誰とでも同等に付き合うことができます。


しかし、その最下層の人たちは、犬と同じで「自分たちは最低ではない」という感情=本能をむき出しにして、

それも努力もせずに手に入れた自分の生まれた人種を盾に、誰かを自分の下にしようと必死に虐待をするのです。

 

そうでないと自分が最低だということを認め、そしてそれを認められないから差別をする感情が起きるのです。

それも、なんの努力もしなかった自分の怠慢を責任転嫁でもするように。

それはほとんど動物と同じで本能です。

それなら、あなたはそんな相手の存在を気にせず、レベルの高い人間と付き合えばいいと思います。

 

虐待や差別は、浅層アストラルの感情を持つ者にとってはそれが一番安心できるでしょうが、深層アストラルの感情を持つ者は恥ずかしくてできません。

勿論虐待を受ける者で浅層アストラルの感情を持つ者も、なぜかそんな低レベルの支配層の言葉に反応しやすいのです。

 

放っておきなさい。

あなたが、そんなあざとい感情を持つ必要はない。

無様だとは思いませんか?

努力もせずに、人をこき下ろす行動はレベルが低すぎて私なら「勝手に楽しみなさい」と言いながら買い物にでも出ます』

 

gaia-shamballa.xyz

『A. 簡単ですよ。

差別をするのは知性がないからです。

犬は家族の中で下から2番目にいると思います。

つまり人間と言えども家族の一番下の子を自分の下僕とみなします。犬並みの頭だと差別が始まります。

 

下でいいじゃんと思えば何も怖くない。

そしてそういう差別をする人間と付き合わないこと。

このブログでは何度も言いますが、そんな人間と付き合うことはない。

人間性の高い人間と付き合う。

 

人間性の高い人間とは指標ですが、国家試験でもいいから合格したとかこういう実績があるとか言える人間です。

親が政治家だとか親戚にこんなえらい人間がいるだなんて自慢する人間とは付き合わないことです。

「君は何をしてきたの?」と聞きましょう。何も言えないなら切り捨てること。

引用元:新ベスのブログ

 

 

上記回答によると、職業や地位と「人間性のレベルの高さ」は関係ないようだ。

 

人を差別することなく、

勉強が国家資格取得まで到達してる人。

趣味が実績に繋がっている人。

 

このようなイメージだろうか。

 

自分も、もし友達になるなら、

地位を振りかざしたり、差別する人は論外で、

勉強や趣味に活き活きと取り組んでいる人がいい。

 

将来や他人に怯えているよりも、何かに夢中になって楽しく過ごしたい。

差別する人なんて気にならないくらい。

本当は、楽しい性格になりたい。

 

まとめ

人間性としてレベルの高い人と付き合う、とは?

①差別する人間とは付き合わない

②「人間性の高い人間」とは、実績がある人間


次は「⑥趣味を持ちましょう」についてメモしたい。

今日も良い1日を。

周波数で生まれ変わりが決まる?シャンバラ理論

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Photo by Mark Stoop on Unsplash

 

みなさん、こんにちは。
さて、「周波数を安定させる方法7つ」について以前メモした。

lavandura.hatenablog.com


周波数が安定すると、何事も安定していいことが起き続けるというシャンバラ理論だ。

この7つの方法のうち、
③人を育てる
についてメモする。


今回は通常の質疑応答ではなく、講座記事より引用させていただきたい。
長文なので、冒頭のINDEX(目次)から「 IX-1: 魂の周波数と守護霊」へ飛ぶと、該当箇所を探しやすい。


「講座」について補足

「新ベスのブログ」には、通常の質疑応答だけでなく「エンジョイ・ライフ・セミナー」と銘打った講座がある。
この講座はSlackというチャットツール上で行われ、PCやスマートホンから参加できる。
直近の講座では、リアルタイムの参加者は88人だった。

 

「新ベスのブログ」のSlackアカウントを申請していれば、後日、いつでもSlackに入り、講座を読むことができる。

またSlackアカウントがなくても講座を読めるよう、ブログの運営スタッフさん達が開催済み講座を編集の上、「新ベスのブログ」の記事にアップしてくださっている。

 

以下、前後の講座内容を端折って引用掲載するために、内容を簡略化した上で抜粋させていただきたい。

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gaia-shamballa.xyz
IX-1: 魂の周波数と守護霊

 

ここで魂のデータの話をします。
魂は常に、「ある数値」を持っています。
次の図をご覧ください。

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参考図:筆者作成


これは、人間が生まれてきた瞬間から死ぬまでの、4人の周波数データです。
といっても、今まで話してきた周波数ではなく、「魂の周波数」です。
この「魂の周波数」が、

「次どこで生まれ変わるか」

「その人の魂がどれほど天命に向いていたか」などに出てきます。


最終的に何ポイントの周波数で終わるかで決まると思うでしょうが、そうではありません。
ここで問題になるのは上昇率です。
つまり生まれた時のポイントが、死んだ時にどれだけ上がっていたか、なのです。

ちなみにスタートの時の数値は前世で死んだ時の数値です。


1、赤色さん
この人は、順調に上昇しています。
もちろん起伏はあります、人生ですから。
それでも数値は上昇していますね。
出生時20→死亡時28、数値は8ポイント上昇

 

2、青色さん
この人は、聖職者や金持ちの子供だったりする。
出生時5→死亡時20、数値は15ポイント上昇

 

3、桃色さん
この人は、ぐれてぐれたまま人生を転落しています。
出生時マイナス5→死亡時マイナス30、数値はマイナスになり35ポイント下降

 

4、緑色さん
出生時マイナス20→死亡時10、数値は30ポイント上昇


ここで死亡時の数値だけを見たら、赤色さんの28ポイントが1番高い。

でも出生時の数値から、どれほど上昇したかを見るので、この赤色さんは、桃色さんの次に低く見られます。

そう見ると緑色さんが1番、上昇率が高い。』


『では数値を上げる方法は何か?
それは、人の周波数をどれほど上げたかです。
生きている人が子供や部下、生徒などの周波数を1上げると、自分は2上がるという仕組みです。
逆に1下げると、2下がります。
いじめやパワハラ、犯罪などがいけないのは、魂的にも影響があるからです。
来世の生まれる環境も、これで左右されます。』

引用元:「新ベスのブログ」IX-1: 魂の周波数と守護霊

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また上記の説明後、質問コーナーで
2人目の質問者の方と、次のような質疑応答があった。

INDEX(目次)の「X – Q&A①」に該当箇所がある。


Q「自分でなく、人の周波数は、どうやって上げることができるのでしょうか?

魂のポイント上げたいです」


A「人を育てることです。

叱ったり、ほめたり、そして道理を教えたり。

単純ですが、重要です」


Q「子育てだけでなく、教師という職だけでなく、友人関係においても可能でしょうか?」


A「はい、友人関係の方がもっとポイント数は高いはずです」

引用元:「新ベスのブログ」X – Q&A①

 

 


・・・生まれ変わりがあると思うか、ないと思うか?

人により考えは様々だと思うが、ここでは講座に沿って、生まれ変わりがある前提で進める。

 

昔から言い古された、
「死んだら天国へ行く、地獄へ行く」

「ばちがあたる」

・・・という言葉も、生まれ変わりがあって、

「魂のポイント制」が反映されるとしたら、辻褄があうように見える。

 

現代科学では事実を確認するのは不可能だ。

でも、自分の人生の行いが、人生が終わった時に総決算されるなら。

 

犯罪者が警察に捕まらないまま、のうのうと暮らして終わるよりも、

苦しい境遇に負けず、周囲に親切にして生きている人が、報われないまま終わるよりも、

魂のポイント制度がある方が明確で公平だと思える。

 


まとめ
・「人を育てる」と、「魂の周波数」が上がる
・「魂の周波数」によって、次に生まれ変わる環境の良し悪しが決まる

 

命がどこからきて、死ぬとどこへ行くのか、いつか本当に解明されたら面白い。

今回のシャンバラ理論のように、明確だといいな、と思う。

そうすれは殺人や戦争などせず、お互い支え合うような、優しい世界になるかもしれない。

 

次は、「④人間性としてレベルの高い人と付き合う」について考えたい。

今日も良い1日を。